父・宮脇俊三への旅

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「父・宮脇俊三への旅」 / 宮脇灯子 著
株式会社グラフ社、\1200(本体)

私の思い出深い鉄道の旅たち・・・。
(本書とは関連ありませんが。)
厳寒のサロベツ原野と急行利尻、
岩木山麓の築堤を行くストーブ列車、
ホテル代わりに使った青函連絡船、
北関東、ひだまりと気動車たち、
長岡発、米原行き長距離鈍行など。

宮脇俊三さんの著書に影響をうけて
私の旅も更に全国におよびました。

78年(昭和53年)、「時刻表2万キロ」が
刊行されました。

私が20才のころですね。
もともと“鉄道”をやっておりましたので
すぐに読ませていただきました。

「ああ、世の中には凄い人がいるんだなァ」
と思いながら、以降、宮脇さんの作品を愛読
いたしました。

本書では、長女の灯子さんが、お父様の想い出、
生きざまなどを暖かく語っておられます。
先生の晩年のご様子も書かれております。

たくさんの作品のなかから、「時刻表2万キロ」を
再び手にしました。




今日、1月5日、台湾高速鉄道(台湾新幹線)が開業しました。
日本のシステムを導入し台北(板橋)-高雄(佐営)間、340キロを
90分で結ぶそうです。
先生がお元気だったら、すでに試乗されているのでしょうね。





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この記事へのコメント

2007年01月13日 01:34
宮脇俊三さんに影響を受けて旅をしたんですね。今までは宮脇さんのお名前は知っていましたが、まだ読んだことはありませんでした。今度、旅するときに1冊もっていってみようと思います。娘さんの著書ははじめて知りました。灯子というお名前もなんか電車の灯を思い起こします。
なんかまとまりありませんが・・・
2007年01月13日 08:05
やしさん、ありがとうございます。
宮脇さんは、中央公論社の名編集長でした。
78年(昭和53年)に退社され以降は、多くの
紀行を執筆されました。
晩年は、胸を病み、アルコール依存症でもあったようです。
飄々と見える風貌でいらしたので、本書では先生のちがう面を
教えていただきました。

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